良い天気とはいえ、青空が見えるわけでもなく湿っぽくて蒸し暑い。鉄橋の周りをウロウロしている間も汗が止まらない上に貨物列車はやって来る気配もない。
城東貨物線というのは吹田信号場(旧吹田操車場)と天王寺駅の東、東部市場のある百済貨物駅を結ぶ単線の貨物専用線で、途中、学研都市線や大和路線を経由しながら大阪市の東半分を遠巻きにぐるっと廻っているというような感じのする鉄道線路。これを改良して複線で電化し、新大阪駅と八尾市の久宝寺駅を結ぶ旅客線にしようというのが大阪外環状線計画だが、なかなか進んではいないらしい。現在吹田信号場と放出の間は単線のまま電化されている。普段は縁のない線路なので説明するのもなにやらややこしい。
二時間半ほどを過ごして赤川から梅田に向かう。この辺り、地図を見るととても不便なところのように思うけれど市バスの路線が結構多く、これを利用すれば梅田との交通に不便はない。
商店街を抜けて赤川三丁目交差点のバス停から毛馬橋、天八、中津を通って梅田の阪急百貨店前を終点とする便に乗る。日曜日でも運転本数は多い。また、梅田から淡路側へ向かう路線もあって、天六、長柄橋、柴島を通って鉄橋の淡路側すぐ傍の東淡路一丁目で降りることもできる。運賃は一律二百円。
やっとの事で誰も居ない職場にたどり着いて、撮った写真の整理をして一休み。午後二時頃、無性に生ビールが呑みたくなって阪神の地下二階にあるビアレストラン「スーパードライ」へ。
「お一人様ですか?」「煙草はおすいですか?」と訪ねられ、「はい!」と応えると「お一人様でしたら奥のお座敷になります。お座敷一名様!」と、トントン拍子。ちょっと待て! 何が嬉しくて、奥まった座敷に靴脱いで上がり込み、一人胡座をかいてビールが呑みたいか。「ここじゃあかんねんな。すんません、もうええわ」と呆れかえって外へ。コンビニで「スーパードライ」一缶買って再び職場に戻る。夕方、天満の「銀座屋」で呑み直す。

c0102003_189834.jpg

c0102003_1892750.jpg

c0102003_1895315.jpg

c0102003_18101594.jpg

c0102003_18103744.jpg

[PR]
by Shashin-Zake | 2007-07-31 18:11 | モノクロ写真 | Comments(2)

日曜日、いつもより更に早く目が醒め、六時には自宅を出て、かねてより天気が良くなれば写真を撮りに行こうと思っていた、淀川に架かる「赤川の鉄橋」へと向かう。以前に一度だけ渡ったことがあって、面白い橋なのでぜひ写真に撮っておきたいと考えていた。
七時頃には阪急京都線の淡路駅で降りて、路地をくねりながら南へ向かって歩き、東淡路一丁目の交差点から淀川の堤防によじ登る。すぐ左手に見えてくる鉄橋がJR城東貨物線の「淀川橋梁」、一般的には「赤川の鉄橋」と呼ばれている。淡路は大阪市東淀川区、鉄橋を渡って対岸は大阪市都島区と旭区のちょうど境目、都島区であれば大東町、旭区であれば赤川という事になるが、橋の右岸側半分は東淀川区、左岸側半分とそれに続く貨物線の敷地は都島区に含まれている。
鉄橋としてはごく普通のワーレントラス橋であって、何処にでもある鉄橋の見本のようなデザイン。複線として計画されたが、現在までずっと単線として使われていて、余った上流側の一本分に人道橋を併設し、人と自転車の交通に使われている。木製の床と手摺りには何とはない温もりがあって、すぐ傍を貨物列車が走り抜けても不思議と怖さを感じさせない。
人道橋部分には「赤川仮橋」と書いた銘板が打ち付けてあり、立派な大阪市の市道である。この鉄橋は昭和四年の架設で、橋台と橋台の間の長さは約六百十メートル、幅は約九メートル。計画によると五年後にはこの貨物線を使った大阪外環状線という複線の旅客線が出来上がるため、人道橋「赤川仮橋」も姿を消すのだとか。
それにしても朝早くから自転車が多いな。淡路側から野球の稽古に向かう少年の一団、赤川の方から向かってくるユニホーム姿のおばちゃん軍団、マウンテンバイクのお兄さん、魚釣りに向かうおじさん達、その度に木製の床がぼこぼこと音を立てて僅かに揺れる。

c0102003_17323446.jpg

c0102003_17325312.jpg

c0102003_17331050.jpg

c0102003_1733427.jpg

c0102003_1734496.jpg

[PR]
by Shashin-Zake | 2007-07-30 17:34 | モノクロ写真 | Comments(2)

源八橋、その二。

大川(旧淀川)の付け根である毛馬閘門から順に、歩いて渡ることが出来る橋を並べると、毛馬橋、飛翔橋、都島橋と数えて四番目が源八橋。JR大阪環状線桜ノ宮駅の西側すぐの処に架かっている。そのまま西へ向かって渡ってしまうといわゆる天満。すこし先まで歩いていくと天神橋筋、扇町交差点に出る。
昭和十一年にこの橋が架けられるまでは江戸の時代からつづく“源八の渡し”があったそうで、近くに小さな石碑が立っている。橋の長さは約二百一メートル、幅は十一メートル、ゲルバー式鋼板桁橋。昭和四十六年に東行き車線に左折レーンを増設するため上流側半分が四メートルほど広げられた。そのため航空母艦のような妙な膨らみがあるのもこの橋の面白い特徴である。また、平成十年には歩道や手摺りなどの大改修が行われ現在のような美しい橋へとさらに磨きが掛けられた。 歩道部分は下流側の方が広くて人通りが多く、上流側は狭い上に自転車の通行が多い。
付近の風景が落ちついた美しさを見せるのは、平成17年に源八橋から天満橋まで大川沿いの地域を「大川広告物景観形成地区」として指定されたからでもあるのだとか。そう言われると看板や広告塔が見あたらないような気もする。
東詰付近にあった大阪営林局の貯木場跡地は“水の広場”という公園になっていて、橋の下を上流側にくぐった辺りは“拝み屋”呼ばれる巨鯉釣りの有名ポイントでもあるらしい。七月二十五日、天神祭の夜は源八橋も車両の通行が禁止になる。
一番下の写真はすぐ上流側に架かるJR大阪環状線の淀川橋梁。大川鉄橋とも呼ばれている。

c0102003_1724464.jpg

c0102003_17242918.jpg

c0102003_17244574.jpg

c0102003_1725280.jpg

c0102003_17251855.jpg

[PR]
by Shashin-Zake | 2007-07-09 17:25 | モノクロ写真 | Comments(4)

源八橋、その一。

雨は降っていないが、晴れているかというとそうでもない薄曇りの土曜日。午後三時を過ぎたあたりから源八橋を見に行った。環状線で桜宮まで行って、橋と戯れた後は咽の渇きを癒しに天満へ向かい、冷たいビールを楽しもうという道楽者ならではの企み。
源八橋も私の好きな橋の一つ。ばん桁橋は素っ気ないものが多くて、トラス橋やアーチ橋などと見比べると迫力には欠けるが上手者の手に掛かると実にうまく景観と馴染む。源八橋はその典型であって、その美しい姿が橋を囲む素晴らしい風景と互いに引き立てあっている。前にも書いたが、ここいら辺り、個人的には大阪でも一番美しい場所の一つだと思う。
さて、日暮れにはまだ早い六時半、企てどうりにビールを追って、久しぶりに天満駅前の「銀座屋」に入る。瓶ビールをもらってコップに注ぎ、冷たい一杯目を一気に流し込もうと頭を振り上げた時、向かいのカウンターからにこにこ顔でこっちを見ている鳶のIちゃんと目が合う。早速向こう側へ移動してあれこれと立ち話。話が米屋のYちゃんの悪口になった丁度その時、当のYちゃんが首に白タオルぶら下げて入ってきた。今度は三人の立ち話で弾みがついて悪口の矛先は某酒店の○○某へ。みんな気のいい者同士なのに油断がならない。この私も何を言われているかわからいな。
瓶ビール一本と白波のロックを二杯、厚揚げ焼きとトマト。一抜けたで先に帰る。

c0102003_1411294.jpg

c0102003_14115724.jpg

c0102003_14122069.jpg

c0102003_14124411.jpg

c0102003_1413446.jpg

[PR]
by Shashin-Zake | 2007-07-08 13:58 | モノクロ写真 | Comments(4)

続・十三大橋を渡る。

阪急十三駅西口を出て「十三大橋」方向へ向かう。橋の北詰から堤防を降りて水際の石積みのところまで歩いて行くと今まで見えていなかった人影が二人、五、六メートルほどの間をおいて釣り糸を垂れている。邪魔にならないように少し離れたところに座って、駅前の「巳喜屋」で買っておいた三百三十円の助六を朝食代わりに食べる。食べながらファインダーを覗くと、橋が長すぎて広角レンズ一本槍のコンデジでは真ん中辺りのアーチが小さく写ってしまいそうだ。
一服の後、北詰まで戻り下流側の歩道をゆっくりと渡り始める。夥しい数のリベットを見ていると子供の頃いつまでも見入っていたリベット打ちの様子を思い出す。真っ赤に焼いたリベットをやっとこで掴んで上へ放り投げる。尻が尖っていて取っ手の付いているブリキ缶で受け止め、リベット穴に突っ込んだところを鉄砲で打ちかしめる曲芸的職人技。無骨なリベットの列ではあるけれど、桜色の優しい橋にかえっていいテクスチュアを創り出している。
河川敷のグラウンドでは朝早くから大勢のユニホーム姿が野球の稽古。川面では二組のボートが水上スキーの稽古。この目で水上スキーを見るのは始めてのような気がする。そういう橋の上では写真の稽古に余念のない年寄り(私)が一人。南詰めで堤防を越え、今は無い中津川運河を跨ぐ「十三小橋」を渡って中津へ降りて梅田まで歩く。ビール呑んだろ……。

c0102003_19183868.jpg

c0102003_19185733.jpg

c0102003_19191552.jpg

c0102003_19194274.jpg

[PR]
by Shashin-Zake | 2007-07-02 19:20 | モノクロ写真 | Comments(2)

十三大橋を渡る。

土曜日の朝、いつも歩いて渡る「十三大橋」を写真に撮ってきた。国道百七十六号線が淀川を渡る部分、十三と中津を結ぶ大きな橋。すぐ下流に架かる「新十三大橋」も近代的な美しさを感じさせるが、淀川に架かる橋の中では一番美しいのではないかと思う。橋の長さは約六百八十メートルで中央部は五連のブレーストリブ・タイドアーチ桁。色は淡いピンク。ディティールも丁寧で全体的に優しい感じがする。
アーチ部分は遠くから見ると綺麗なカーブを描いているように見えるが、間近で見ると直線の連続であることが解る。
歩道部分が狭い上に自転車がひっきりなしに通るので、写真を撮っているとまるで邪魔者扱い。午前八時、日射しもまだ柔らかで僅かに潮の香りのする川風が気持ちいい。中津側には干潟が残っている。
ここには昔「十三の渡し」があったそうで、最初に橋が架けられたのは明治十一年、有料の私設木橋「十三橋」であったが、淀川開削のおり明治42年に「十三大橋(鉄橋)」が架けらた。その後昭和七年に現在の橋に架け換えられたそうだ。車道部分は南行き三車線、北行き一車線。北行き車線には中津側から「浜中津橋」を渡って合流できる。
木津川を跨いで大正区と浪速区を結ぶ「大浪橋」が大きさやデザインともよく似ている。「大浪橋」の方は一連で、橋床中央部が太鼓状に盛り上がっており、アーチ部分も曲線部材を連続させている。

c0102003_15125561.jpg

c0102003_15131766.jpg

c0102003_15133752.jpg

c0102003_151357100.jpg

[PR]
by Shashin-Zake | 2007-07-01 15:13 | モノクロ写真 | Comments(4)

土曜日、尼崎の五合橋線にある東高洲橋を見に行った。この橋は東堀運河と庄下川を結ぶ高洲運河を跨ぐ橋で、船舶航過のために一日五回、三十分づつ決められた時刻に跳ね上がる。航過船が無ければ上がらない。昭和三十一年に架設されたが、四十一年に架け替えられていて、これが二代目にあたる。
橋の長さは約四十七メートルで、この内の十六メートルが方観音式に跳ね上がるので、分類的には可動橋の中でも跳開橋ということになる。一週間に二回ほどしか上がらないという話しもあって、上がったところを見た人は少なく、写真が撮れたら宝物かも知れない。
私も三度出掛けているが、毎度引き下がってきた。もう諦める。橋の上は大型車両の通行でたえず振動している。バスで行くと楽なのだが、便が悪く歩いた方が早い。結構遠いがもう慣れた。
帰りは阪神西大阪線に乗って西九条へ。咽が渇いていたので脇目も振らずJR高架下の立ち呑み「吉(よし)」に飛び込んで瓶ビール二本と焼き茄子。
西九条、阪神の延伸線工事も進んでいるが、どでかい高架橋の出現でえらいことになっている。

c0102003_13504648.jpg

c0102003_1351575.jpg

c0102003_13512429.jpg

c0102003_13514352.jpg

[PR]
by Shashin-Zake | 2007-06-03 13:54 | モノクロ写真 | Comments(2)